映画を糧に生きていきたいあなたへ

かつて銀幕と呼ばれた日本映画の夢と希望を一緒に取り戻しませんか。

日本映画産業をアップグレードする

映画製作を行う前に資金の調達ができて、なおかつ映画館の収益をあてにする必要がない、映画クリエイターが儲けることのできる合法的かつ圧倒的なシステムです。

興味のある方は精神を集中して以下をお読みください。その全ての詳細を書いています。

何かの有料商材へ誘導することもありませんので安心して読み進めてください。

映画を愛するあなたにはきっと有益な情報となりますので、ぜひご一読ください。

胡散臭いと思われる方はどうぞこのページから離れていって結構です。

人生とはご縁なものですから。

私はこの世の中の映画愛に溢れた方々が搾取され続けている状況に我慢がならないのです。

こうした生き方もあるということを皆さまに知っていただきたいとペンを取ったしだいです。

2020.3.19 京都にて コンテンツ・ビジネス・プロモーター 中川 俊秀

対象

☑️ 現在映画監督の方

☑️ 将来映画監督になる方

☑️ 将来映画で生計をたてたい方

昨今インターネットの普及によって、その論議がなされないまま日本映画はデジタルコンテンツの一員としてそのポジションが与えられている感があります。

テレビも、そうして音楽も演劇でさえも、同じ土俵に収まる傾向が顕著になってきました。

もちろん、音楽にはライブがあるし、演劇も同じくリアルな芝居がある。

しかし、映画はどうでしょうか。

もともとが複製芸術である映画がデジタル化の恩恵を受けることで得るものはなんでしょうか。

おそらく映画館で映画を見るということを放棄するということになりはしないか。

スマホで映画を見ることがすなわち映画体験であるかのような時代となったのです。

では今更ながら映画とは何なのかと問いかけないといけないと思うのです。

私は映画館で見ることが映画体験であるとは思いません。

なので映画館が全て焼失しても映画体験がなくなるわけではないと思う。

映画体験とは時代の空気のようなものだと認識しています。

映画がそこにあるものだとか、所有するものだという、ある種コンテンツとしての映画とは違うものが映画の力です。

なのでスマホで映画を見ても、もしかしたら映画館で映画を見ても純粋な映画体験とはいえない。

別に詭弁を弄しているわけではありません。

映画体験とはまさに映画が生きている時代の空気感なのです。

そこには連続性があるわけです。

物語があるといっていいでしょう。

そう考えた時に、日本映画の物語が終わりを迎えたのは、旧角川映画が終焉を迎えたのと重なると思う。

1970年代の斜陽と言われた日本映画を確実に救ったのは旧角川映画でした。

当時の時代の空気を知っている者の一人として、あれこそ銀幕だったと断言できるわけです。

そこには時代の連続性があった。

希望があったし、未来を感じ取ることもできたのです。

しかし、現在の日本映画にはそれが感じられないのです。

日本映画は死んだとはいいません。

現実には日本映画は大量に製作されているからです。

世界は多様化の時代とは謳われもしますが、実際はそうではありません。

インターネットの普及によって、全てのコンテンツがデジタル化され、画一化へと動いています。

しかし、デジタルの思想とは多様化、複雑化のはずです。

おそらくこの文脈のすり替えは意図的で進行しているようにみえます。

なぜなら資本主義とは資本効率のよいものへと流れるきらいがあるからです。

支配者層のだれもがクリエイターのことなど考えていません。

でももはやここまでです。

時代は多様化を要請します。

なぜならひとは豊かさを求めるからです。

資本効率で作られたものは豊かさとは違います。

豊かさとは精神性の高さです。物語の豊かさなのです。

ひとは物語を求めます。

ぶつ切りの刹那な娯楽も時には面白いでしょう。けれども、ひとはそろそろ偉大な物語を求めるようになってきているのではないでしょうか。

結局ひとは一人では生きていけません。

日本社会は、核家族化し、孤独死、少子化と殺伐とした、貧しい精神性の中で、豊かなものを待望しているのではないでしょうか。

かつて日本映画という偉大な物語のように、時代を牽引する物語が必要なのです。

芸術には各々が固有の、特有のアイデンティティがあるのです。

画一化はその死をもたらします。

文化の多様性の時代だからこそ、日本映画は独立しなければいけないのです。

他の芸術もいうまでもありません。

日本映画の物語がなくなったのは原因がいろいろありますが、その最大のものは構造が時代に合わなくなったということでしょう。

私は38年間日本映画を変革したいとずっと考えてきました。

もう私も初老を迎える時期となり、今やらないといけない、誰もやらないのならやってみせようと覚悟を決めました。

もしあなたが日本映画がかつての銀幕のように夢と希望のある世界にしたいと考えるのなら、ぜひ一緒にやりませんか。

日本映画を愛する映画クリエイターの方々へ

あなたがもしお金について不満や不安があるとしたらそもそも道理に合わない状況で生きている可能性があります。

きっと映画クリエイターとして生きていればお金に困らない状況であってもおかしくはないはずなのです。

なぜなら映画は地上最強のコンテンツでありであるならばとても価値があるわけです。お金持ちにならないわけは全くないのです。

ではなぜほとんどの映画クリエイターがお金持ちではないのか。また次回作も制作できるかどうか不安の中で生きなければいけないのか。

くどくどいうのはやめましょう。それはシステムがそうなっているからです。

映画クリエイターが儲からない構造になっているからです。

というよりも映画産業はある特定の権力が収益のほとんどを吸い上げる仕組みだからです。

これは誰もが知っている事実です。しかし誰もがそれに対して反対行動をすることはありません。

なぜなら日本の国家体制と相似形となっているので特に違和感はないわけです。

仕方ない。

産業構造が権力を頂点としたピラミッド型になっていてそこからは逃れられないようになっているわけです。

そこから逃れたら死ぬという強迫観念がひょっとしたらあるのかもしれません。

しかしそんなことはありません。

少し話を戻しましょうか。

なぜ映画産業には配給会社というものがあるのでしょうか。

なにを配給するのか。もちろん映画のプリントのことなわけです。

しかしこの配給という言葉はかつての統制経済時代のものであることにとても違和感を覚えるのはわたしだけでしょうか。

さらにこの配給会社は絶対に損をすることはないようになっています。

なぜなら映画産業を支配しているのがこの配給会社だからです。

しかし現在の映画の配給会社はほとんどが製作しなくなったのでほぼ商社といっていいのです。

映画を扱う商社です。

いまや映画産業は一強になっています。それは配給会社が興行会社でもあるという絶対的なポジションにあるためです。

これは製作を中心にやってきた日活と大映というメジャーが倒産してよりかつての大手の映画会社は製作を外部委託するようになったわけです。

さてこうした事情というものは映画クリエイターであるあなたにはご存知の通りだと思います。

なぜこうした話をしたのかといえば映画産業とは戦時下と同じ統制経済の構造をそのままやっていると考えて間違いはないと思われるからです。

映画は映画館でみるものという時代であれば映画館を独占することに意味はあったかもしれません。

しかし今は世界が一変しました。

実は映画クリエイターにとっては理想的な時代になっているのです。

その事実にほとんどの人が気づいていません。

いや気づいたとしてもどうしていいかもわからないかもしれません。

映画は地上最強のコンテンツと書きました。

しかしこのコンテンツという言葉もまた曲者なんです。

映画の環境があまりよろしくないとすればデジタルコンテンツとして目されるようになったからなのです。

映画はいつでもどこでもみることができる。

これは映画ファンとしては理想です。何度も何度も観たい映画はたしかにあります。

昔はまさか『七人の侍』を所有することができるなんて思いもしませんでした。

映画はかつては映画館で一回みたらそれが終生の想い出として記憶に刻まれる。

そんなロマンチシズムこそ本懐であるとわたしは思います。

だからこそ映画館でみたありありとした記憶と映画の各シーンとか交錯して永遠性をもつのだと。

つまり映画は刹那な芸術なんですよね。

そんな芸術であるべき映画をデジタルコンテンツは統制経済のもと効率化を推し進め、特定の権力だけが儲かる仕組みにしたのです。

もちろん意図的に、です。

日本の国家のことを学べばすぐにわかります。

日本経済とはもとより護送船団方式で国家と歩むことこそ王道なんです。

映画産業もまたこの経済下にある限り映画監督はもちろん全てのクリエイターは儲けることはまず無理なんですよね。

でも、もうNO!です。

この経済圏の外側で映画を製作するのです。

えっ?どういうこと?て声が聞こえてきそうですね。

簡単なことなんです。

日本映画産業は配給システムによって利益が分配される仕組みになっているので、このシステムで映画を作る限り絶対に製作にはお金が回らないようになっているのです。

だから考え方を変えるのです。それができる時代になったんです。

特に現代は映画が製作されすぎて興行的に不幸な状態にあります。

あまりにも本数が多過ぎて見てもらいたいひとに見てもらえないからです。

そこで本質的な問題点を考えてみます。

なぜ映画を作るにはお金がかかるのか。特に宣伝のコストは高い。それは映画を製作してから宣伝を始めるからです。

また興行がかなり遅れて上映されることがあり機会損失すらある可能性があります。

この事実はあまりに当然のこととして問題視するひとはなかったかもしれません。

しかしこれとても重要なポイントなんです。

人間というものは欲求が強い時にしか行動しない習性があるからです。

だからこれをコントロールしてあげることが必要なんです。

しかし現在の映画産業の構造はあえて宣伝コストがかかるようになっています。

特定の権力のために。

もしあらかじめ見たいひとがいて、そのひとのために映画を作れば宣伝コストはゼロなんです。

当然といえは当然。

つまりこの状況を作ればいいことです。そうすれば配給会社はいりません。広告代理店もいりません。

それがわたしの唱えるプロモーターシステムです。

映画業界ではプロモーターという職業は馴染みがないのかもしれません。

つまり映画ビジネスの主宰者を指してプロモーターと称します。

映画クリエイターはもっと儲けなければいけません。そうして映画に関わる人々もまた同じく儲ける構造にする。

しかしそれにはそれだけの価値を世界に生み出す必要があります。

現在の配給システムによるビジネスフローをより深化させて新しい映画ビジネスの枠組みを作ってしまおうというのです。

現代の映画クリエイターは全身芸術家の時代なんです。

映画クリエイターの魂を表現する環境というか居場所を作る。映画クリエイターのあなたのことが好きな方々が集まる場所です。

きっと映画作りだけではないものがあなたの魂には眠っているはずです。

例えば黒澤明監督の絵のように。

およそできることはなんでもできる時代になっているんです。

そうしたリソースを開発する。

あなた自身がメディアになればいいんです。あなたのことを好きな人はあなたの表現するものを全て見てみたいでしょう。

価値が生まれればお金も生まれるわけです。

プロモーターシステムはシンプルです。

☑️ ひとを集める

☑️ ひとを感動させる

☑️ 映画を作る

という3ステップです。

このシステムは現代ビジネスの最先端である、ダイレクト・レスポンス・マーケティング、いわゆるDRMを活用します。

映画クリエイターであるあなたには人生の主題というものがあるはずなのです。

おそらくその主題に則って映画クリエイターになりたいと思ったのかもしれません。

ひとを喜ばせたいとか、世の中のためになりたいとか、ひとを幸せにしたいとか、

また趣味があるでしょう。何かスポーツかもしれませんし、読書かも、また音楽かもしれませんね。

そうしたあなたという存在は一個の芸術作品であるとも言えるはずです。

そこに社会とつながる可能性が大いにあると考えられるわけです。

日本人はよく清貧だとか言ってお金を汚いものかなんかのように考える習性があります。

しかし価値はお金を生みます。

言葉は人間の頭脳を支配する力をもつわけですが、

ひょっとしたら日本人が豊かになれないのにはこうした清貧であらねばならないという強迫観念に縛られている可能性があります。

地上最強のコンテンツを生み出す力をもつ映画クリエイターが富裕にならないわけはないのです。

映画産業の経済学の外側で生きることを選択すればそうした呪縛からは解放されてお金はいくらでも引き寄せられるわけです。

今の時代数億円レベルを稼ぐことは現実的であるわけです。しかしこれも映画産業のなかでは無理ですよね。

ひとを集めて、感動させる

そんな環境を作り出せればそのレベルまでいくことは可能なわけです。

特に映画クリエイターであるあなたならとても簡単なことだと思います。

この時代にあって個人が苦しんでいるように思われるのは、産業構造のなかで生きているのと、

自分自身の価値に気づかずに生きているからです。

どんなひとでも何かしらの価値を持っています。しかもそれは世界で唯一無二なものです。

つまり独占領域、絶対領域です。

だからもったいないのです。

映画クリエイターもそうです。現在の仕組みのなかではきっと自由自在な生き方ができるわけではありませんから、

ひょっとしたら不完全燃焼かもしれません。ほんともったいない。

もっともっと価値を表現して世界に拡散していきましょう。

そうしてお金をいっぱい生み出してください。

そうすればあなただけではありません。関わる全てのひとも裕福になるでしょう。

類は類を呼ぶのです。

映画に携わるひとは裕福であらねばならないのです。

なぜなら人類が生み出した最高の芸術だからです。

かつて芸術家にはパトロンがいました。だから素晴らしい芸術も生まれたのです。

描きたいもの描ける環境があったのです。

このプロモーターシステムこそ現代のパトロンといってもいいかもしれません。

ひとを集めて、感動させることをすれば映画を製作するお金は生み出せることができるのです。

つまりわざわざ誰かに資金を借りなくても、また興行収入をあてにしなくても、自前で資金を調達できるのです。

そうして極論たった一人のお客様だけのたった1日の興行だってうつことができる。

夢のような世界が待っているのです。

映画を上映するのはどこでもいいでしょう。好きなところでやればいいのです。

さてここまで読んでいかがでしたでしょうか。まだ半信半疑ですか。

こんなものはご縁があるかどうか、ピンとくるかどうかで決まるものです。

不審な気持ちがどこかにあればやめたらいいと思います。

現在の映画産業の可能性にかけたい気持ちがあるのかもしれませんね。

でも少しでもこの新しい映画システムに興味がお有りでしたらぜひお会いしましょう。

そうしてあなた独自のシステムを作っていきましょう。あなただけのお客様が寄ってきます。ずっと離れずあなたの活動をサポートしてくれるでしょう。