日本映画の新黄金時代を哲学する。

誰も語れない新時代の映画システムで個人最強最高のライフスタイル=コンテンツビジネスをお伝えします。

新しい時代の映画人へ

ようこそ私のホームページにお越しいただきましてありがとうございます。

新しい時代を迎えて個人の生き方が問われています。

映画が生まれて120年が経過し、無数の作品が生み出されました。

綺羅星のごとくと表現してもいい過ぎではないでしょう。

特に我らが日本映画は世界でも類いを見ないほどの傑作揃いでした。

日本映画は世界最高といっても過言ではないです。

しかしここへきて様子はおかしいです。

日本映画は質的にダウングレードした、いや別物へと変質したのです。

なぜならそもそも日本映画産業のシステム構造が全く違うものとなってしまったのだから、致し方ないことでした。

かつては大衆娯楽の王様と言われ、栄耀栄華を誇っていた日本映画。

しかし、1971年のメジャー倒産以降斜陽と呼ばれ衰退しました。

現在では放送産業システムの中に組み込まれています。

本質的に言えば、すでに映画は死んでいるといってもいいかもしれません。

そもそもの役割が変わったというべきか。

次世代の映画志望者はまずこの状況をわかっておくべきです。

そうして次の地平を目指していくのです。

■なぜ日本映画は没落したのか■

こういうといやいや日本映画は今絶好調だと考えている人がいます。

映画は映画館で見るものだなんて古い考え方だとか、ビデオを合わせたらかつての黄金時代と比べても遜色のない人々が映画を見てるとのたまうひともいる。

でも実は日本映画の問題点はそんなところにはないわけです。

一般的にいって産業は自らのためになることをするはずです。

利益が還流する仕組みをもち次世代へとつないでいく。

そうして産業は成長していく。

しかしながら映画産業には利益が自産業に還流するシステムがないのです。

全て他産業へと利益が逃げていく。

なぜなら現在の映画産業は映画という名はついているものの映画の産業ではないからです。

時にはテレビ局が制作したり、映像会社が作ったりしている。

つまり映画会社というものは大手メジャーを指すわけですが、そもそも自社で制作することはほとんどないのです。

例えるなら、土俵を他人貸しして相撲を取っているようなものです。

これでは自産業に利益が還流することはないのです。

なぜこんな事態になっているかといえばかつての映画産業はテレビの普及で観客動員が激減し、拡大路線から撤退しなければならず、放送産業の助けを求めたからです。

そのため映画は放送産業の宣伝媒体として機能することになってしまいました。

かつてのスターシステムや撮影所システムは崩壊してしまった。

映画産業はみずから成長の芽を摘んでしまったのです。

現在の映画産業は放送産業や他のエンタメ産業の庇護下に置かれて純然たる映画を制作できなくなったのです。

大東亜戦争で負けてアメリカの支配された日本国のように。

では日本映画は死んだのか。

いや古いシステムを新しいシステムにアップグレードすれば蘇るのです。

令和の新時代こそ新しい日本映画のシステムを構築するまさに絶好のチャンスなのです。

次世代型映画システムとは

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