新時代。日本映画の衝撃。日本映画の潜在力は他を圧倒する。とてつもない世界観に世界を凌駕し孤高となる。日本映画の時代がいま始まる

日本映画は独立する時だ。

日本映画は見た目の華やかさの影に隠れて実はその壮大な物語を失っている事実にいったい誰が気づいているでしょうか。

幾度かの黄金時代を築いてきた偉大なる日本映画という奇跡の物語。

だれも語りたがらない物語。

理由は歴史が断絶しているからです。誰もが無意識的に共有している事実です。

かつてと構造が違う。物語を創造するシステムが違うわけです。

現在の日本映画なるものが偽りだと言っているわけではなくて、物語る土俵が違うと言っているのです。

かつての撮影所システムとは違うのは当たり前です。

現在の映画制作の母体はエンタメ産業の混合部隊です。

デジタル技術の発達した現代では文化は多様性を持つはずですが、逆に画一的になってきています。

映画は放送産業を含めたエンタメ産業のキラーコンテンツとして機能しています。

本来多様化な文化とは映画であれば独自なものを許容するものではないでしょうか。

映画は他のメディアとは圧倒的に違う独創性を持っています。

今更ながらのこの事実があるにもかかわらず、その非効率な経済性の低さから画一的な方向に向かっていると思われるのです。

もっとわかりやすくいえば、映画は金がかかりすぎるから単独では成立しないということです。

しかしそれも構造がいびつだからこそのものだと考えればあえて画一化のトレンドに同調しなくてもいい。

いや日本映画は圧倒的に孤高なポジションを取るべきです。

でなければスマートフォンで映画を見た気になるだけです。

スマートフォンで見るものは映画ではないという当然の事実から出発しましょう。

映画には独自なフォルムがあること今一度理解しましょう。

この画一化の力学は当然のことながら権力構造の影響の賜物と考えてもいいと思います。

画一化すれば美味しい蜜を吸える人々がいるということです。

オリジナルな価値を下げてでも多数のものを画一化することによる利益が最大化すると目されるということ。

しかし映画に夢を抱く大多数の夢を奪うことにつながっているのです。

こうした支配から自由になりましょう。

日本映画は今この時から独立を宣言するのです。

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