日本映画の世紀が始まる。映画を愛するものたちが集結し貧困に喘ぐ世界を変える。豊かな誰もが眩しく美しく清らな理想郷にようこそ。映画の時代への疾走が孤高の物語が始まる

きらびやかな金剛石のごとき作品を生み出した撮影所はいまや廃墟と化し異人たちに占拠され豊かさは搾取され続けるばかりである。

愛するものたちの志しを泥足で踏みにじり何とも思わぬ権力構造が世界を席巻している。

特定の誰かが悪いのではもはやない。愛しの映画産業は見えざる手によって支配されていることに気づかなければいけない。作る内容が悪いのではなくて構造そのものが貧困を垂れ流すのである。

その兆候は1971年に相次いでメジャー2社が倒産したことから始まった。この2社は制作を中心にしていたが、多角化の失敗が大きく影響したのだった。

映画は商社として配給、興行で生き延びる戦略をとることになった。しかしその選択が放送産業という怪物に飲み込まれる遠因となった。

映画は制作という魂を他産業に売り渡して自らは美味しい汁だけを吸う舵取りに切り替えたのだった。

しかしそもそもその舵取りが命取りになろうとは誰が考えただろうか。

世はシネコンやデジタルシネマ、はたまた3Dというこけおどしで日本映画産業は蘇ったかに思えた。

だが映画人の悲願であった映画観客動員数は年間2億人に届くことはなくなった。

いつの間にか日本映画産業という屋台骨は放送産業を初めとするエンターテイメント産業に乗っ取られた感がある。

日本映画産業の選択肢は正しかったのかどうか。いやたしかに放送産業の救いの手がなければ日本映画は死んでいた。

だからいいのだ。生き延びられたから良かったのだった。

問題はこれからなのだから。

日本映画産業の逆襲がこれから今のこの瞬間から始まるのである。

日本映画の黄金時代はまだ始まってもいないのだ。120年という日本映画史を踏まえて新しい日本映画の歴史が物語が始まろうとしているのである。

日本映画産業は構造を変えるだけで蘇る。観客動員数を期待しなくてもいいステージになる。

映画を愛するものが豊かになる理想郷を求めて疾走しよう。

熱い有志ある者のご賛同をお願いします。

↓↓シェアをお願いします!↓↓

未分類

Posted by cinelavie