A地点からB地点まで~映画に憑りつかれた男のレクイエム

私は20歳の頃よりもんもんと夢を抱いてきました。

もともと自閉症ぎみな人間でした。こもるのが大好き。

友達もできないし、
誰からも愛されるような人間でもなく。

どうしようもない人間でした。

そんな人間でも奇跡のように
愛してくれる人もいてくれて可愛い子どももできました。

でも私は夢を追い求める人間で
どうしても夢を追いたくなる。

できやしないのに。

実行が伴わないのに。

でも彼女はこんなどうしよーもない人間に
ついてきてくれていました。

夢を諦めようか
自分の知らない自分が囁きかけてきました。

そうすれば
ささやかな生活かもしれないけれど
親子三人で幸せに暮らせていけるのかもしれない。

そう思いました。

自分の夢の人生、潮時かもしれないと。

でももう一人の自分が囁きかけてきました。

本当にそれでいいのかい?

何のために起業したんだ?

失敗するためかい?

諦めるためかい?

今までの10年間
彼女はどれほど苦しんだかわかってるの?

ささやかな人生の選択はきっと彼女は喜ぶだろう

女って現実的っていうし

でも本当はそうじゃないんじゃない?

こころの奥の底の、そしてまた奥の、
彼女の本当の部分は
きっと悲しんでいると思うよ。

君の夢を信じてたんじゃない、
出会ったあの時はさ

どーしようもない人間だけど
夢を追いかける部分を信じてくれたんじゃないか!

諦めるのって、ずるいよ!

臭い物に蓋をするのと同じじゃないかよ!

最低の人間だ、お前っていう奴は!

・・・

結果

私は覚悟を決めたのでした。

きっと誰からも理解されないかもしれない。

みんなを泣かすことになるのかもしれない。

けれども

覚悟のない人生を送るよりも

諦めの人生を送るよりも

まだましだと思う

男のエゴと言われようとも
夢を信じてくれたあの瞬間を取り戻したい。

諦めの人生はずっと諦めを引きずってしまう。

互いにネガティブな感情が蓄積していくと思う

たとえ見た目が幸せであったとしても・・・。

本気で愛するということは
自分の価値を信じて生きぬくことだと。

きっと「カミ」だけはきっと見ていてくれる。

・・・

私の気持ちは伝わっているとは思いません。

でもいいのです。

私は本気で愛しているから。

喧嘩しても

泥沼になっても

血を吐いても

地獄をさまよっても

本気だから

いずれ夢を実現して、

必ず迎えに行くから

一番近くにいて一番遠くにいる人

今ではほんとに遠くに行っちゃった人、、

それが不器用だけれど私の愛情表現なんです。

結果わかれわかれになっちゃったけれど
それでもいいんです。

世界の真実にむけて生きていくことが
彼女への最高の報いだと信じているから。

映画は魔力

人の人生を狂わすエネルギーを持っています。

映画を作りたいと誰もが思う

けれどもその存在の大きさに人は戸惑い狂い

人生を台無しにしてしまう

それが映画の魔力、いや魅力。

今この時でも

こうした人たち、特に若い人たちが映画に魅せられて

人生を踏み外し、あるいは狂い、あるいは悲しむ

もうこうした現実をなくしたい

映画産業に対する私の憤りは
私の不甲斐ない人生と決別したいという強い感情のあらわれです。

過去と向き合ってこそ未来は作ることができる!と信じているからです。

底なしの負のエネルギーを未来の世界にプラスのエネルギーに転化させる。

かめはめ波のように^^!!

諦めからは何も生み出せない。

映画産業は1970年に一度「死んだ」ものです。

モラトリアム。いやゾンビ産業。

いまソーシャル革命との出会いによって
映画産業は生まれ変わるのです。

世界は意識の産物です。

意識を切り替えれば世界は変わる、と信じて。

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