失われた時を求めて

かつて日本は映画大国だった。
ほんとに掛け値なく日本映画は一級品だった。
いまはどうか?
テレビと同じようなものを作り
アイデンティティというものを失ってしまった。
もう日本映画は終わっている。
だから私は映画のことを考えないと決めたはずだった。
映画の魂を売ったのは誰だ?
リーダーシップのない産業は死ぬ。
ただそれだけなのに
私はやっぱり諦めきれない。
日本映画に関わった
偉大なる先人たちはどのように思っているのだろう。
日本映画のお偉いさんたち
もう打つ手はあるまい
人口が8000万人になれば
映画人口を2億にするなんて
夢か絵空事の類だろう。
ではどうするのだ?
国家と電機業界と
護送船団でまだ生きていきたいのか。
時代はもう映画なんてどうでもいいんだ。
映画でなければならない理由なんてない。
ではどうする?
私にはその方法は見えてる。
でもきっと誰も理解しようとはしないだろうし 誰も舵を切ろうとはしないだろう。
構造を抜本的に変えることは痛みを伴うことだ。
誰も手をつけたくはない。
それでも1971年に死んだはずの映画界は生き延びてきた。
40年ものモラトリアム。
いまこそ封印を解き放つのだ。
2012年は映画再生元年としておこう。
私はきっと目覚めるからね。

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