もうNO!をいう時だ。水平思考を考える。

日本映画の惨状は今に始まったことではない。
入場者数 144,726千人 スクリーン数 3,339 公開本数 799 興行収入 181,197百万円 (2011年 日本映画製作者連盟発表データより)
たしかに数字だけをみれば10年後退した感はある。
映画人にとって昭和33年の数字こそは夢なのであり、 それがそもそもの原因なのだ。
昭和33年(1958年)の数字は以下の通り。
入場者数 1,127,452千人 スクリーン数 7,067 公開本数 673 興行収入 72,346百万円 (同データより)
これらの夢のような数字に囚われてきたのだ。 再現はむりとしても少しでも近づきたい願望。
最近でも映画人口を2億にしようとか。
日本の映画人はわかっていない。
高度経済型の現在の日本映画システムが すでに終焉しているという事実を。
かつて日本人は本当に映画を必要としていた。 必要不可欠な娯楽だった。
日本映画の黄金期はメジャー5社によって 年間500本もの映画を量産していた。
質量とも世界に誇る日本の資産である。
しかし、いまの日本映画もまた異常な量産ぶりだ。 昨年441本。
この中で歴史に残るのは何本だろうか。
日本人が1年間に映画館で鑑賞するのは1.1本。

いったい映画は誰のために作られているんだ?

すでに映画は映画館で上映するために作られているわけではない。
テレビで放送するため、ケーブルテレビのため、DVDにするため、 レンタルにするため、、、
そのすべての産業を稼がせるために成り立っているんだ。
キラーコンテンツの名のもとに。
映画界は映画館や設備の充実に躍起となっているが、 他にやることはないのか。
もはや映画産業は映画の魂を失っている。
映画が貢いできた上記の産業たちは不況にあえいでいる。
映画はもろともに死ぬのか。巨大戦艦大和のように。
インターネットはまだまだこれからなのに。 映画は見放されていくのか。

もう数字ではない時代なのだよ。
高度経済的な数字に一喜一憂するのはやめよう。
発想の転換こそが必要なんだ。
日本映画が生きる道はただ一つ。
構造を変えること。これしかない。
古い思考は古いことしか考えることはできない。 しがらみから逃れることはできないのだ。
高度経済型の構造体質から
水平展開型思考への転換である。

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