日本映画最強のコミュニティにようこそ

現在は、あなたが映画を志した場合、非常に費用がかかることになります。芸術大学にいくのか、専門学校にいくにしても、何百万円というお金がかかるわけです。
今の人たちはそれを普通に感じているかもしれません。しかし、一時代昔であれば、映画会社が製作していた頃は、違いました。映画会社は見習いから雇い入れて育成していたのです。
そうです、かつての映画会社は映画の学校でもあった。当時は映画の黄金時代ですから、そういった仕組みが機能していたのです。
つまり現代の映画志望者は自分で自分のスキルアップに対してコストをかけないといけない、この常識が普通になった時代を私たちは生きているのです。
しかし、問題は大学を出たからといって必ず映画の仕事ができるとはいえないことです。もちろん、就職斡旋はしてはくれますが、思ったようには就職できません。
なぜ映画を志す人が自分で映画産業のコストを面倒みなければいけないのでしょう。さらに映画ビジネスのほとんどの収益を映画会社が持っていき、クリエーターには還元されないようになっているのです。映画志望者の夢や希望を搾取しているといっても過言ではありません。
世の中がデジタル社会となり、今更ながらの映画とは何かということがあまり考察されることはなくなりました。例えば映画は映画館でみるものでもなくなり、ではいったいドラマとどう違うのかも曖昧模糊としているような状況ではないでしょうか。テレビ局が映画を作っていたりするわけなので当然かもしれません。
では映画とは何かなのですが、映画とはフレームワーク、つまり物語なのですね。つまり、かつて映画会社が所有していた撮影所を中心とし、クリエーターたちが集い、映画を製作、それを興行師が映画館で上映する、その一連のフレームワークに観客は熱狂したのです。
現代はどうでしょうか。映画は単発で製作されるようになり、一部の連続ものを除き、スタッフや俳優が継続して集い活動することはありません。
かつての撮影所システムは文化の一形態だったのです。だから映画は娯楽の王様になりえたのです。
1970年代以降、日本映画産業は斜陽と呼ばれて、隆盛を極めた産業が地に堕ちたのでした。映画産業は放送産業や出版産業と手を組み、生き残りの戦略をたてたわけです。
それで映画産業は撮影所システムを放棄し、クリエーターを放逸して生き残ってきたわけです。それが現代の映画業界そのものであるわけですね。
しかし、現代は状況が変わりました。たしかに50年前は斜陽で、映画産業が生き残るためにはしかたのないところがあったのです。
が、今では他産業に依存する必要がなくなったのです。目の前にブルーオーシャン市場が突然広がったのにも関わらず、依然として業界人は既存の旧システムの中で必死に生きているわけです。もったいないのです。
もうやめましょう。現実性のない現在のシステムに身を投げるのを。それよりも夢のある映画の人生を送ってみませんか。
撮影所システムはコミュニティでした。だからこそ国民が映画に熱狂できたのです。
だからこそ現代でも映画をコミュニティ化すればいいのです。
ぜひあなたも今のここから映画という人類が生み出した最高の娯楽の新しいステージに参加してみてください。

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